介護は、利用者一人ひとりと向き合い、
個人に適したケアを行うことが重要です。
そのため介護現場では、利用者の
個別性に合わせたケアについての
議論が重視されています。

一方で、人間を生理学的に見ると、
人体の構造と機能は人によらずに
共通していますが、この側面から
ケアについての議論がなされることは
少ない状況です。

生理学の視点から良い介護方法の
一般論を導き出すことで、
個別性に合わせたケアの創意工夫と
アイデアの幅が更に広がり、
介護のしごとの魅力が向上すると
私たちは考えています。

介護を科学的に捉える

介護を生理学の視点で捉えるとはどういうことか。
介護福祉士の飯田大輔さんに話を伺いました。

  • イメージ|1.プロの目に見えるもの

    1プロの目に見えるもの

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    1プロの目に見えるもの

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    飯田さん先日、“専門性”について考えさせられるエピソードがありました。

    — どんなエピソードですか?

    飯田さん訪問介護用のリュックサックをつくろうと思って、かばん屋さんに打ち合わせに行ってきました。それでいろんなかばんを持っていって、「ここを、こういう素材で、こういう風にしたいんです」と話したわけです。そうすると、そこのかばん屋さんは聞いているのか聞いていないのかよくわからないけど、「うーん、なるほど、なるほど」と頷いて考えているわけです。

    — ……なるほど。

    飯田さん一通り話し終わった後、かばん屋さんがたくさん置かれている生地から、すぐにいくつかの生地を引っ張ってきて、「さっき見せてくれたかばんは、この番手の生地と、この番手の生地を組み合わせて、こう縫ってありましたね」と説明をしてくれたのです。

    — それは、すごい。

    飯田さんこれは驚きましたね。さっきそれほど長く見せたつもりはないし、生地に触ってもらってもいないのに、見ただけですぐに生地や縫い方がわかって、それがどのような理由でそうなっているとかも、説明してくれるのです。

    — 見ただけでわかるんですか。

    飯田さんこれがプロの目なんだと思いました。同じ「かばん」というものを見ていても、プロが見るのと、私のような素人が見るのとでは全然見え方が違うのです。プロというのは、まるで目にエックス線が付いているかのように、内面にまで入り込んで、条件や状況を読み取ることができるということなのです。

    — それが専門性ということですね。

    飯田さんこれは介護でも同じだと思いました。介護のプロの場合は、利用者の内面まで入り込み、その人の心身の条件・状況を読み取ることできる。それが介護の専門性だと思うんです。

  • イメージ|2.就寝中の体位変換はかわいそう?

    2就寝中の体位変換は
    かわいそう?

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    かわいそう?

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    飯田さん就寝中の体位変換についてどう思います?

    — 体位変換をすると寝ている利用者を起こしてしまいそうで、かわいそうだと思います。

    飯田さん実は体位変換は、良い睡眠を得るために必要なのです。

    — そうなんですか?

    飯田さん人間は入眠すると一気に深い眠りに至りますが、しばらくすると同じ態勢で、同じ体の部位が圧迫され続けることが苦痛になり、無意識のうちに寝返りを打ち、良い睡眠を確保しています。

    — なるほど。

    飯田さん他にも寝返りには、寝床内の温度・湿度を調節する働きがあります。また人間の睡眠は、体が眠る「レム睡眠」と脳が眠る「ノンレム睡眠」の2つの性質の異なる睡眠を90分~120分周期で繰り返しながら目覚めに向かいますが、寝返りはこの2つの睡眠を切り替えるスイッチの役割を果たすとも言われています。

    — 寝返りはいろいろな重要な役割を果たしているのですね。

    飯田さんなので、自分で寝返りが打てない人に対して、体位変換するというのは良い睡眠を確保するために必須なのです。

    — 実は、朝にまだ眠そうにしている方の部屋のカーテンをバッと開けるのもかわいそうな気がしていたのですが、いかがですか?

    飯田さん人間の睡眠・覚醒や、自律神経、内分泌機能などの生理機能は、約1日を周期とするリズムを持って働いています。しかし人間の体内時計は24時間周期から多少のずれがあります。このずれを24時間のリズムに調整するのが、朝晩の明暗の情報です。

    — そうなんですね。

    飯田さんなので、目覚めのときに光を浴びることは、体内時計を24時間のリズムに調整するために非常に重要です。もし体内リズムが乱れてしまうと、胃腸障害や睡眠障害、認知機能への影響など身体にさまざまな不調を引き起こします。

    — 知らなかったです。

    飯田さんこのように生理学の知識をベースにした人間の見方を身に付けることで、「あなたの介護観」や「やさしさ」「ぬくもり」といった情緒的な言葉に流されずに、良い介護実践を展開することができるようになります。

  • イメージ|3.水分補給は水分だけではダメ?

    3水分補給は
    水分だけではダメ?

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    23水分補給は
    水分だけではダメ?

    イメージ|3.水分補給は水分だけではダメ?

    飯田さん介護と生理学の関係性をさらに考えてみましょう。たとえば、インフルエンザと診断され、発熱して臥床している高齢者がいたとして、この方に対して一般論として必要なケアはどのようなものがあるでしょう?

    — 水分補給が必要だと思います。

    飯田さんなるほど。何を飲ませますか?

    — 本人が飲みたいものを飲ませます。ただ、一般論としてはスポーツドリンクが良いかと思います。

    飯田さんなぜスポーツドリンクが良いのですか?

    — 必要な成分が含まれているからです。

    飯田さん必要な成分とは何ですか?

    — ……わからないです。

    飯田さん答えは電解質(イオン)です。インフルエンザにかかると、発熱・発汗・下痢・嘔吐などによって、脱水症状になりやすいです。このとき実は体からは、水分だけでなく電解質も同時に失われているため、水分と併せて電解質を摂取することが重要です。

    — 電解質とは、何ですか?

    飯田さん電解質とは、電気を流す物質のことです。たとえば塩は、水に溶けるとナトリウム(Na+)とクロール(Cl-)という電解質となります。なので、脱水症状の時は水分と同時に塩分を摂取することが有効です。

    — なるほど。

    飯田さんこういうことを知っていると、水分補給は必ずしもスポーツドリンクでなくても良くなります。たとえば、お茶や水に梅干しを一つ入れるのでも良いのかもしれない。

    — 利用者の好みに合わせて工夫すれば良いんですね。

    飯田さんその通りです。このように原理を知ることで、創意工夫の幅が広がりますし、「こんなやり方もあるかもしれない!」と工夫する楽しさが生まれるのです。

  • イメージ|4.実は重要な空気のはなし

    4実は重要な空気のはなし

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    4実は重要な空気のはなし

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    飯田さん前回の話では、水分補給について触れましたが、水分というのは数日摂取しなくても生きていることができます。食料も数週間食べなくても生きていることができます。しかし空気は、たった数分息ができなかっただけで死んでしまいます。それだけ空気というのは体にとって大事なものなのです。

    — なるほど。あまり意識したことがなかったです。

    飯田さん一度の呼吸で肺に取り込む空気の量は、安静時の成人で約500mlです。毎分12~20回呼吸するので、1分間で約8L、1時間で約480Lの空気が身体から出入りします。480Lというのは、500mlのペットボトル約1000本分です。

    — 多いですね。

    飯田さんこれがもし室内に10人いたとすれば、1時間でペットボトル約1万本分の空気が人体から室内に排泄されているというわけです。

    — たしかに、満員電車に乗っていると息が詰まるような感覚がありますね。

    飯田さん大切なのは、今吸った空気は肺を通して、血流に乗って全身をめぐるというイメージを持つことです。今、全身をめぐっている空気は、果たして新鮮な空気なのか?しっかり窓を開けて換気し、室内の空気を常に新鮮にしておくということが、良い介護を実践するうえで非常に重要です。

  • イメージ|5.大きな消耗と、小さな配慮

    5大きな消耗と、小さな配慮

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    5大きな消耗と、小さな配慮

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    飯田さん水分の電解質がどうとか、新鮮な空気がどうとか、「そんな小さなこと」と思っていませんか?

    — 正直、少し思っていました。

    飯田さん元気な人からすれば「そんな小さなこと」かもしれませんが、体が弱っている人にとってみれば、その小さなことが大きな消耗をもたらすのです。

    — どういうことですか?

    飯田さんたとえばマラソンを走るとして、走っている時に汗をかくからとタオルをずっと持っていたとします。体力があるときは気にならなかったことも、20km、30kmと走っているうちに、タオルを持つことも、タオルが揺れて身体に当たったりすることも、消耗の原因になっていきます。

    — たしかに。

    飯田さんタオル1本が、あるいはスニーカーのたった10gの差が、消耗に繋がってしまうのです。元気な人から見れば些細なことでも、身体が弱っている人にとってみると大きな消耗をもたらすのだということ。だから介護というのは、生命力の消耗を最小にするように、生活の中の小さなことを一つ一つきちんと整える、そういう小さな配慮の積み重ねなのです。

    — なるほど。

    飯田さんもちろん、これが40kmのマラソンなのか、10kmなのか、5kmなのか、というのはいろいろあります。5kmの人には5kmのやり方があり、40kmの人には40kmの人のやり方があるわけです。それを見極めて配慮するのが、良い介護です。

  • イメージ|6.発熱していたら<br>クーリングは正解か?

    6発熱していたら
    クーリングは正解か?

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    6発熱していたら
    クーリングは正解か?

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    飯田さん話を戻しましょう。インフルエンザで発熱している高齢者がいたとして、この方に対して必要なケアは、他にどのようなものがあるでしょう?

    — 発熱しているのであれば、クーリングでしょうか。

    飯田さんそれは半分正解で、半分不正解です。発熱をしていても、クーリングで身体を冷やした方が良い場合と、逆に身体を温めてあげたほうが良い場合があります。

    — そうなんですか?

    飯田さん風邪やインフルエンザにかかって最初、体温が39℃くらいまで上がっても、本人は悪寒を感じていることがあります。服を着こんでも、毛布をかけても寒くて、身体がガタガタ震ええたり、顔が青白く見えたりします。

    — はい。

    飯田さんこれは身体が免疫機能を高めるために、体温のセットポイント(※)を上げるからです。セットポイントが上がると、体温をセットポイントまで上げるために体を震わせて摩擦熱を起こしたり、皮膚血管を収縮して放熱を抑えたりします。だからこのときはクーリングではなく、身体を温めてあげたほうが良いです。

    — なるほど。

    飯田さん逆に、発熱を終えるとセットポイントが元の正常体温に戻ります。そうするとセットポイントが37℃なのに、今の体温が39℃あれば暑く感じます。そこで今度は、気化熱で体温を下げるために発汗したり、放熱するために皮膚血管を拡張して顔が紅潮したりします。そうしたらクーリングなのです。

    — わかりました。

    飯田さんだから、「発熱しているからクーリング」というのは安直すぎます。その人の顔色はどうか、震えているのか、汗をかいているのか…ということは今はどうすべきなのか、ということを考えなければいけない。

    — 解熱剤は飲んだほうが良いんですか?

    飯田さんこれもクーリングと同じで、何も考えずに「発熱したら解熱剤」というのは良くないわけです。解熱剤には、セットポイントを下げるという働きがあります。だから、発熱がまだ必要なタイミングならば解熱剤を飲まないほうが良い場合もあります。一方で、ずっと発熱をしていて苦しさや痛みがある場合は、それはそれで生命力が消耗しますから解熱剤を飲んだほうが良いという判断もあるわけです。

    — どちらが生命力の消耗が最小か、天秤にかけて考える必要があるということですね。

    飯田さんそうです。原理を理解した上で、状況を読み取り、どうしたら生命力の消耗を最小にできるかという基準を持って判断する。その思考過程こそ、介護の本質なのです。

    ※セットポイント:体の設定温度のこと。体温調節中枢には、セットポイントの体温に保つ働きがある。通常は深部の体温で37℃前後。

  • イメージ|7.介護職が最も身に付けるべき技術とは

    7介護職が最も
    身に付けるべき技術とは

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    7介護職が最も
    身に付けるべき技術とは

    イメージ|2.介護職が最も身に付けるべき技術とは

    飯田さん介護職が最も身に付けるべき技術とは何でしょうか?

    — うーん……

    飯田さんそれは、「観察」の技術です。

    — 観察ですか?

    飯田さん「5.大きな消耗と、小さな配慮」の話で、介護とは「生命力の消耗を最小にするように、生活の中の小さなことを一つ一つきちんと整える、小さな配慮の積み重ねだ」という話をしました。これを達成するためには、介護が行き届いていないところはないか、つまり生活の整え方が不十分なところはないか、そのために引き起こされている苦痛はないか、ということを発見する力が必要なのです。

    — なるほど。

    飯田さん飛行機の長時間フライトに乗ったことはありますか?あれは大変ですよ。離着陸や乱気流など着席していないといけないときは、トイレを我慢しなければいけない。立ち上がって良いタイミングでも、奥の席に座っていたら、手前の席の人に「ちょっと、すみません」と言いながらトイレに行かなくてはいけない。

    — それは消耗しますね。

    飯田さん健康で若い人でも消耗するわけですから、身体が弱っていれば、さらに消耗をもたらします。トイレに行きたいのに行けていないとか、汗をかいているのに下着が交換できていないとか、食欲がないときに油っぽい食事が用意されるとか。それを我慢したり、誰かにお願いしたりしなければならないのは、消耗をもたらすわけです。

    — そうですね。

    飯田さんしかし、観察をきちんとやっていくと、利用者の最もいいタイミングで、先手で介護を展開することができるようになります。

    — いいですね。

    飯田さんそして、観察するうえでは「原型と変形」と「一般と特殊」の2種類の「変化」を読み取り、その人が今どのように感じているか、どうして欲しいかを読み取っていくことが重要です。

    — 2種類の変化の読み取りですか?

    飯田さん「原型と変形」は、たとえば、いつもこの人はご飯を3杯食べるのに今日は1杯だなという、いつもとの違い。「一般と特殊」は、一般的に心臓は左にあるけどこの人は右にあるなという、一般からの違い。

    — なるほど。

    飯田さん「原型と変形」を読み取るには、その人の「いつも」を知り、そして「いつも」との違いに気づく必要がありますから、相手に対する強い関心を持つことが求められます。また「一般と特殊」を読み取るには、人に寄らず共通する一般論を知る必要がありますから、生理学などの知識を身に付けること大切になるわけです。

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    5大きな消耗と、小さな配慮

    イメージ|5.大きな消耗と、小さな配慮

    飯田さん水分の電解質がどうとか、新鮮な空気がどうとか、「そんな小さなこと」と思っていませんか?

    — 正直、少し思っていました。

    飯田さん元気な人からすれば「そんな小さなこと」かもしれませんが、体が弱っている人にとってみれば、その小さなことが大きな消耗をもたらすのです。

    — どういうことですか?

    飯田さんたとえばマラソンを走るとして、走っている時に汗をかくからとタオルをずっと持っていたとします。体力があるときは気にならなかったことも、20km、30kmと走っているうちに、タオルを持つことも、タオルが揺れて身体に当たったりすることも、消耗の原因になっていきます。

    — たしかに。

    飯田さんタオル1本が、あるいはスニーカーのたった10gの差が、消耗に繋がってしまうのです。元気な人から見れば些細なことでも、身体が弱っている人にとってみると大きな消耗をもたらすのだということ。だから介護というのは、生命力の消耗を最小にするように、生活の中の小さなことを一つ一つきちんと整える、そういう小さな配慮の積み重ねなのです。

    — なるほど。

    飯田さんもちろん、これが40kmのマラソンなのか、10kmなのか、5kmなのか、というのはいろいろあります。5kmの人には5kmのやり方があり、40kmの人には40kmの人のやり方があるわけです。それを見極めて配慮するのが、良い介護です。

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